2013/09/23

【iPhone】ドコモがiPhoneを売る理由

○iPhone3Gが日本に上陸してから5年、やっとドコモからもiPhoneがリリースされた。 元々長年のドコモユーザーで、4Sを買うまで悔しい思いをした結果「妥協の産物として」SBMの回線を購入した私としては、本来手放しで喜ぶべき事象である。
しかし実際は、ドコモ回線をiPhone化するどころか、長年使ったドコモ回線を解約しようかと思う位に、「ドコモのiPhone」に興味が示せず、むしろ嫌悪感すらある。何故だろうか。あれほど焦がれていたのに。

○実のところ、今回のiPhoneリリース前に私はこんなことを言っていた。
https://twitter.com/pianist_danna/status/122247850078904320

天文学的確率でiPhoneがドコモで使用可能になったとしても、ガラスマの倍近い金額を吹っかけられる可能性が。 それぐらい信用できないし、そうしたとしても驚かない
https://twitter.com/pianist_danna/status/142060759009067008
仮に出るにしても初期のBlackBerryやHTC端末のような色物扱いされても驚かない。MMS非対応とか。
これらは1年以上前のツイートだが、実際その通りになってしまった。販売価格はハネ上げられ、サービスは中途半端な状態からスタート(これは他キャリアもそうだったが)
そして何より驚いたのが今回扱うショップを限定している事だ。 山手線内側の地下鉄駅前という立地条件にも関わらず、ウチの最寄りのドコモショップはiPhoneは予約含めて取り扱いを行っていない。お陰で他キャリアショップが盛況な中、完全な閑古鳥だ。
このような事が今までドコモが取り扱ってきた「自社ファミリーの新製品」…まして先日のツートップ戦略(笑)で、極論サムスン端末であっただろうか?
一方、この売り方には既視感がある。先のツイートでも指摘している、HTCやBlackBerry、 ガラケ時代の「pro」シリーズでやってきたことだ。

○これだけでも、ドコモが如何にiPhoneを「売りたくないか」が判る。
それはそうだろう。 他社より高いARPUを設定してもツートップや月サポという過剰経費に食われて増収減益決算が続くドコモにとって、今や収益のカギはコンテンツ・サービス収入しか無い。一方でiPhoneはそれらのコンテンツビジネスについては、ドコモに何ら利益をもたらさない。
未だにiモードの成功体験から抜けられず「土管屋としてのビジネススタイル」が確立出来ていないドコモに取って、iPhoneを取り扱うという行為は自分の首を絞めるのだ。
特に(恐らくは政治的な側面から)余りにも大規模な設備投資により「始まる前から失敗が確定している」NoTTVなどは風前の灯火であろう。

○さらにもう一つの危険性として、「ドコモの要求仕様に何ら合致しない」iPhoneという端末が売れてしまった場合、ドコモ要求仕様に合わせる事が端末メーカの利益にならないという証左となってしまう。こうなると、最早ドコモが持っていた「端末メーカへの政治力」は失われる。
それでなくてもツートップという愚策によってファミリー企業に冷や水をぶっかけた上、ドコモ自らが自社の要求仕様に価値がなかった事を証明してしまったら、ドコモに追随を余儀なくされていたメーカー…特にソニモバが黙っていないだろう。
今回ソニモバが海外モデルと同じ「Z1」という型番でキャリアの発売前から国内プロモーションを始めたのはその布石と見ている。

○だからこそ、ドコモは本音ではiPhoneを売りたくないのだ。
では何故今回iPhoneを取り扱う事にしたのか。 キーになるのは、ツートップ策以後の、親会社NTTの動きである。

NTT社長「『さみしい』が率直な気持ち」 国内電機スマホ断念
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL050PE_V00C13A8000000/
国内電機メーカーにスマートフォン(スマホ)の開発を断念する動きが出ていることを「『さみしい』、『残念』が率直な気持ち」と述べた。7月31日にはNTTグループとともに携帯事業を伸ばしてきたNEC(6701)がスマホ事業から撤退すると発表している。
NTTからしてみれば、ドコモがツートップでやったこと、そしてその責任を「メーカの品質」に責任転嫁したことは、親会社NTTが育ててきた「電電公社ファミリー」に泥を塗る行為でしかなく、下手をすればNTT本体のビジネスにすら影響を及ぼしかねない、政治的には軽率な行為であった。
この報道の後NTTは自社のドコモMVNOを利用したiPhoneパックを発売したり、副社長がドコモでの取り扱いについてコメントを出したりと外部からプレッシャーをかけていた。
ツートップ戦略は増収減益によるドコモ本体へのダメージの他、親会社NTTを怒らせるという政治的ダメージをも負わせたと私は見ている。

○そしてこれらの迷走ぶりと、「殿様商売」という単語に揶揄されるドコモの身の程知らずなビジネス戦略が、私に嫌悪感と失望感を負わせていたのだろう。
ともあれiPhoneの発売は現実として始まった。
ドコモとしては意図的に売らない事で「たいして売れなかったのでやっぱ撤退します」ぐらいの軟着陸を目指しているのではないかな、と勘ぐっているが、
私は逆に徹底的に売れて、ドコモが日本の携帯電話市場を歪めてきた「仕様の押しつけ」「望まないサービスの押しつけ」という呪いを解放させて欲しい。
判で押したような同じデザイン・同じサービスの端末を横並びで売るのではなく、メーカが各々のフィロソフィを持って製品を作り出して競争する、その方が確実に市場は面白くなり、製品の魅力は増して行く。(Xperiaはグローバル市場を相手にする事で自社のフィロソフィを確立した)

【iPhone】iPhone5S/5Cに思った事


○なんだかんだで順当に発表されたiPhone5sと、結局はリーク情報通りに出てしまったiPhone5c。そしてその急激な変化がユーザを動揺させたiOS7。京は銀座に出かけてこれらの変化がいかようなものかを見てきた。

○まず5S。基本的なデザインはiPhone5から変更が無いが、全体的に5よりさらに金属感が増し、前回私がちょっと不満だったブラック(グレー)モデルの質感が大幅に変わった。「スペースグレー」という名前の通り黒というよりグレー主体の色合いになり、光沢を持つフィレット部はよりメタリックな光沢を放つようになった。
iPhone5の頃にAppleは自社製品の能書きに「腕時計のような」「工芸品のような」という表現を使っていたが、5sのデザインモチーフはまさに腕時計のそれであろう。
今回新たに加わったシャンパンゴールドも最初は違和感しか無かったが、金の腕時計をモチーフにしたと考えれば納得は行く。まあ、金時計程「うるさく」はなく、嫌みな感じはしない。

○そして今回新型の5c。最初はプラスチック(ポリカーボネート)ボディということで安っぽさを懸念して居たが、実際触ってみると「触感」としては安っぽさは全く感じない。恐らく内部フレームとポリカボボディを密着させているのだろう。既存のプラボディ端末にある、「触って判る中の空洞感」が全く無く、見た目にも触った感じにも「ソリッドな」質感を持っている。
見た目の安っぽさはどうしようもないが…
5sより重いとして批判の対象になっている重量についてだが、4sユーザーからすれば軽いもの、というか、特に重さが気になるような重量ではない。
中身については完全にiPhone5なので今更語る事も無い。

○iOS7については、私のiPhone4Sには既に導入済み。
まあなんというか…旧来のiOSからすると完全に「別物」である。デザインのみならず、操作系も結構変わっているので、iOS6基準で考えてしまうと「使い難い」と思うかもしれない。
が、頭を一度リセットして、これが初めてのiOSだと思えば、 ーMicrosoft Officeが2007で操作性を完全に刷新したときと同じようにー 操作性を一から見直した上で、初めて使う人も使いこなしている人も「フラットに」使いこなせる操作性である事に気づく。
Officeの時もそうだったが、ヘビーユーザーにとっての操作性が必ずしも万人に、殊にエントリユーザにとっても使い易い物ではなく、むしろエントリユーザを基準に置くならばヘビーユーザーが好んで使う「効率の良い操作性」は、「多少効率が落ちてでも、判り易くシンプルな使い方」に収束して行くという考え方を見る事が出来る。

○全体を通している事は、Appleは今回のiPhone/iOSでまたひとつファッションブランドへの方向性を進み始めたな、という印象。5Sの目指している物は高級な工芸品、5cはサブブランド的な「ポップな」製品、そしてiOSは恐らく今まで誰もアプローチしようとしなかった「工芸品的側面を持つオpレーションシステム」、という方向性を持ったんだな、というのが私の感想。
スティーブ・ジョブス時代から、マーケティング手法の面でアパレル・ブランドを意識した取り組みはあったが、現体制になってそれを製品にも生かして行こうという「方向性」が、ジョブスの死から2年経って、やっと見えてきたか、というところだ。
勿論ジョブス時代の常に刺激的かつ革新的な製品の出し方も良かったが、今Appleが進んでいる方向性も私は嫌いではない。何故ならコンピュータというものそのものが、ある種進化の行き詰まりに直面してきているからだ。

○携帯電話というデバイスは、種々に存在していたスタンドアロンのデバイスをどんどんと吸収し、PCが持ち合わせていた「情報を受ける・発信する」という側面をも取り込んだ事で今のスマートフォンという形に落ち着いた。携帯電話がその途上にあるうちは何か別の物を取り込む…「別のもの(例えばカメラ)のあり方が変わる」という形での革新性を示していたが、正直もう取り込むべき概念が品切れになってきている。
ソフトウェアを活用しての「デマンドの取り込み」…例えばPassbook等の変化はあろうが、それは見え難く、また使ってみないと判らない。
人は何だ彼んだ言いつつも目に見える「ハードウェアの革新」を無意識に求めており、Appleはその潮流に「必要充分なリソースを持ったハードウェア」を持って乗る事で革新性を示してきた。
(概念の革新性だけなら、日本のガラケのほうが余程革新的だ ガラケに足りなかったのは、概念を実現するに足りる信頼性のあるハードウェアリソースである)

○もう取り込むネタが無い以上、次にやって来る革新はGoogle Glassに代表されるような「デバイスそのもののあり方の変化」だが、残念ながら今はまだウェアラブル・コンピュータを実現出来る程にはハードウェアの技術革新が進んでいない。
ラボラトリーで実現可能でも、それで世の中を変えるには「ビジネスとして成り立つ実用性」が無ければ意味が無い。
私はまだGoogle Glassはその段階に達していないと見ている。(あくまで今の所は、だ)
ならば、と今Appleがやろうとしていることはビジネスの強化である。 具体的には「技術の革新性に頼らない、自社ビジネスの付加価値の向上」である。これはこれで評価したいし、元々「技術だけで付加価値を示してきたわけではない」Appleだからこそできるビジネススタイルだ。

○とりあえず早く11月が来て欲しい所である。(11月に買い替え予定)