2010/11/03

【Diary】服を買う

◎カーデで出掛けるにはちょっと寒くなってきて、ふとクロゼットを開けると秋後半〜冬に着れるアウターが無い事に気がつく。 今までは適当なジャケットを着てたけど、なんだかそれもツマラナイので仕事上がりに買い物に出掛け、薄手のトレンチコートを買ってきた。 薄手と言ってもインナー付ければ真冬でもOKだし、ビジネスシーンでも使えるアイテムなのでちゃんと会社にも着ていける。
私の好み+性格上どうしても多少値段が張ってしまう(貧乏臭いのは嫌いだ!!)けど、おかげで満足。
翌日さっそく着て出かけ、その良さを再認識。これでロングコートの季節までは快適に過ごせるぞぉ。

◎そんな訳でここ1年位、今まで30数年生きてきて一度もそんな事無かったんじゃないか? という位,服を買っている。 去年の9月頃に秋物カーデをゲットして以来、何やらかんやら服を買いまくっている。一応アウトレット等を駆使しているので実質払っている金額は高くないが正価で買うと結構㌧でもない金額になったりする。(一番ギャップが大きいだろうのは去年の冬ゲットしたフルカシミヤのロングコート。2500円で買ったけど、どう見ても正価3諭吉以上…)
今のような生活になるまで、あまり服が欲しいと思った事は無かったし、実際あまり買わなかったし興味も無かった。 でも今一度自分一人で「社会」や「暮らし」と向き合わなければならなくなった時、様々な「常識」「能力」が自分に欠けていることに気がついて、何とかチャレンジしながらそれらを身につけて行こう(自炊野郎・お掃除大好きになったのもそれがきっかけ)としたら、見事にハマッて今は楽しくて仕方が無い。

◎本来私はとんでもなく服に無頓着…と思っていたのだが、それは思い違いで、今になって思うと、どちらかというと「貧乏臭い格好・ヨレた格好」はしたくない、そこらへんの家族連れが着てるような「フツーの服」は似合わないから着たくない・持ちたくもないという強いこだわりの裏返しが服を買わない(買えない)というカタチで表れていたんだということに気がついた。
さらにもう一つ、「高いモノには高いなりの理由がある」。私は服に限らず貧乏臭いモノが何よりも嫌いで、妥協の産物で量だけバカスカ増やすようなマネをする位なら一点豪華主義で、「自分が最高に満足出来るもの」を少数持つほうがいい。
かつ「シンプルなモノ程高い」。…私が好むような強い色の柄無し・シャープデザインの服は必ず高い。 生活にある程度余裕が出てきた最近までは、買いたくても買えなかったのだ。

◎そういう意味ではある時期においては私は「限られた収入の中で、どうせ自分の好みの服を買うと高いし、好みでなければ愛着も持てないから」最初から服を買わない、という判断をしていたのだが、まあ見事に「服を買おうとしない」だの「勧めても興味をもってくれない」だの、高級思考だととケナされていた。 高くつくのが判っているから買わないという選択をしていたのに、酷い言われようもあったもんだ。 もう済んだ事だけど。
まあそれらの箍が外された今は、本来の「目先のコストに囚われることなく、本当に自分が欲しいモノだけを手に入れる」というスタイルと、それを実行するに足るだけの収入を手にするようになって、やっと「自分がかつて理想としていた自分の姿」に手が届いてきたようにも思える。
ここに至るまで、たくさんのものを失ってきたけれど、得たものもあった、ということかな。

◎ちなみに今回は普通の値下げで買ったので2諭吉程。安くはないが、仮にも職場にも着ていくモノで、30過ぎてしまむらアウターなんて恥ずかし過ぎる…のだが、土地柄どうしても
そういう格好が「浮いて」しまうのは、なんとかならんものか…曲がりなりにもここ、都心のベッドタウンという触れ込みのはずなんだけど…やっぱ田舎なのかな。